キャリア採用

REFERRAL「うちこいよ」制度

「うちこいよ」制度とは、縁故採用(友人紹介採用)のことです。
ノバレーゼにお知り合い・ご友人がいる方には一部選考を免除しています。
今すぐに転職を考えているわけではないが、
話だけでも聞いてみたいという方も是非お問い合わせください。

REFERRAL
RECRUITING

紹介した人

鈴木 一生 鈴木 一生

PROFILE

営業本部 営業統括ディビジョン
MITAKIブランド統括総料理長
鈴木 一生

ホテルニューオータニ、東急ホテル、25歳で香港シャングリラホテル なだ万に勤務。帰国後、中村孝明 有明店の立ち上げで副料理長。横浜高島屋店料理長を経て、35歳で取締役総料理長に就任。ノバレーゼ入社後、三瀧荘総料理長を経て、MITAKIブランド統括総料理長に抜擢。現在に至る。

STORY

鳥生のことは、以前から一緒に働いていて、優秀な奴だと思っていました。かわいがっていたこともあり、以前からなんの根拠もなく「お前が20代で料理長になる場所を用意してやる」と話していたんです。そして「もし、なれなかったら俺が責任を持って店を出させてやる」とも。自分が先にノバレーゼに入社をしていて、新店舗「三瀧荘」の料理長を任せられることになりました。新店舗の立ち上げを経験し、料亭としても結婚式の会場としてもお客様に評価をしていただき、店舗がある程度軌道に乗った段階だったので、後任に店舗を任せ、あと1年で料理長を辞めようと思っていた時期がありました。それで、その後のお店(三瀧荘)とスタッフの面倒を見られる後任を探していたときに真っ先に鳥生の顔が思い浮かびました。ノバレーゼは若くしてチャンスを与えられる会社であり、任せると言ったらとことん任せてもらえる会社なので、鳥生を紹介したい、自分の後任として迎え入れたいと思いました。自分の下に入れて1年副料理長を経験させ、その後、料理長を任せようと考えていました。そうしたら29歳で料理長になれる計算だったので、ちょうどいいなと思いました。正直、会社の説明はほとんどしていません。実力ある料理人が年齢に関係なく評価される環境があり、挑戦できるフィールドがある。その環境が絶対に鳥生に合うと分かっていたからです。料理長にさせるから「うちこいよ」と。ノバレーゼには20代で料理長を任せてもらえる環境があるぞ、と。そして入社の話がまとまった時に、京都(北山モノリス)の料理長を鳥生に任せたいという話になりました。本人の了承もあり、結果的にはじめから料理長として入社することになりました。その後自分にはMITAKIブランドの総料理長としてのお話があり、“MITAKI”を海外へ展開させていくなど、自分にもまだまだやるべきことがあると、今こうしてずっとつづけています。

紹介された人

鳥生 豊 鳥生 豊

PROFILE

上海娜珀蕾丝餐饮管理有限公司(ノバレーゼ上海法人)
料理長
鳥生 豊

料理の鉄人、中村孝明や東京青梅、井中居に勤務。和食の巨匠、田中博敏に師事。和食の本質を学ぶ。裏千家、小澤宗誠先生のもと茶道を通し、おもてなしの心、日本の文化を学ぶ。井中居では、副料理長として、味を決める最も大切な仕事『煮方』として活躍。食材の管理、新しいメニューの考案、お米の食べ較べ、後輩への技術の指導など率先して行う。ノバレーゼ入社後、北山モノリス料理長を経て、上海「SHARI MODERN JAPANESE CUISINE」の料理長に抜擢。現在に至る。

STORY

実際のところ、入社するまでノバレーゼのことは何も知りませんでした。前職場、中村孝明でもお世話になった和食統括総料理長鈴木一生氏のお声がけがきっかけです。『お前にとってもっと活躍できる、最高に暴れる場所がここ(ノバレーゼ)にはある。もう一度一緒に働いてみないか?俺がお前のケツ(責任)をもつ。』兄さんの言葉を信じて入社しました。当時、ずっと憧れだった料理長というポジションに最短で挑戦できる可能性が一番の決め手です。「やったるぞ!!」そんな気持ちでいっぱいでした。

入社後は28歳で最年少料理長として京都、北山モノリスに配属されました。人生初の料理長。初めて自分が考えた料理がお客様のもとへ運ばれるのを見て感動したのを覚えています。見た目もまだまだ若造ですし、お客様からの『若いね?!凄いわ?!』の声が『若いけど大丈夫・・・?』に聞こえて仕方なく、不安の連続でした。京都という町柄もありますし舌の肥えたお客様ばかりでしたので…。お米の見極め、炊き方などには昔からこだわりがあってそれを武器にやっていこうと思いました。お米をお客様一人ひとりの召し上がるタイミングに合わせて最高の状態で炊くことは大変です。ですが、「おいしいご飯を食べていただきたい」「お客様の笑顔が見たい」この気持ちは何より誰より強かったと思っています。

料理長として料理だけではなく、スタッフやお店の運営に悪戦苦闘する日々の中、突然社長から一本の電話がありました。「中国の店をお前に任せる」と。これまで海外に一度も行ったこともないこんな若造に、大切な海外の店舗を「任せる」だなんて・・・。この会社の懐の深さを改めて感じました。そして、0.5秒で返事をしました。何も不安はなかったです。僕には料理があるから行ってみて考えようと、あまり深刻にならなかったのを覚えています。変な自信があったのでしょう。野生の感というやつです。

上海に行ってからは、もちろん戸惑いの連続でした。言葉もわからなければ、こっちの言いたいことも伝わらない。想像以上の文化の違いに、あまり記憶がないくらい、完全に動揺してました。それでも、まずは目の前のことや問題から逃げないこと。完全にアウェーですから、何やっても何言っても返ってくる答えはNO。「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」まずは、中国のことを好きになることから始めました。批判的な自分をまず変えよう。いますぐ変わろうと。スタッフはよく見ています。自分が変わればスタッフも変わる。1人ずつ同じ考え方の仲間を増やすこと。同じご飯を食べ、一緒に酒を飲み、一緒に昼寝をする。一緒に笑い、同じ喜びを共有する。自分が心を開けば相手も必ず心を開いてくれる。そんな仲間が増えた結果、お店の雰囲気が変わり、お客様も増え、お店の売り上げもどんどん良くなっていきました。考え方もシンプルになりました。国も違えば言葉も違う。考え方、文化、習慣も。ですが、同じ人間です。喜ぶ感性は同じです。心と心でぶつかり合えば必ず伝わる。同じゴールに向かう仲間ですから。まずはスタッフから幸せにしようと。1人の力はいくら頑張ってもたかが知れています。共に同じ喜びを共有し、仲間を増やし、力を合わせれば大きなエネルギーに変わります。スタッフの笑顔が何よりの幸せを感じる瞬間です。

料理に関しては、和食の定義はこれだ!と決めつけなかったことが勝因だったのかもしれません。お客様の大半は中国人。中国人の味覚、好みに合わせた料理を考案しました。変える勇気と変わる勇気。その中でも和の心、基本はブレない。中国で作る中国人のための和食でなければと。その中に自分らしさが表現できたら素敵だなと思います。中国人の主食は米です。ですが、お米に対する期待値が低いんです。そこでおいしさを伝えるためにとった手段が釜炊き御飯です。本当のお米のおいしさを伝えたい。炊きたてで最高のタイミングで出てくる釜炊き御飯。違いは一目瞭然。今ではすっかりSHARI=釜炊き御飯が定着しました。諦めず、やり続けた結果だと思います。ブレない。熱い想いは必ず伝わる。

お米の伝道師として中国全土に釜炊き御飯を広めていきたいです。また、日本のソウルフード『TKG』Tamago Kake Gohan に注目して新しい中国でのソウルフードになるように伝えていきたいと考えています。今後は、SHARIブランドをもっと高めてSHARI名物マスカルポーネチーズ豆腐などの商品開発に取り組み、外販できるようにしていくことを目指しています。将来的には特色を持つさまざまな店舗を作りトータルプロデュースしていく。コンサルタント、フランチャイズなども視野に入れ中国で SHARI ブランドを確立していきます。また、1人でも多くのお客様、スタッフに笑顔になっていただける料理を作り続けます。

社員紹介のメリット
  • マッチング率の向上
  • 定着率UP
  • 一部選考の免除
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